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種をまく―ブログの可能性について:「各党討論会」感想・後記 [ブロガー懇談会関連]

 この記事は「交差する思惑:「各党討論会」感想・自民民主以外の討論」の続きです。このシリーズの一覧は記事の一番下にリンクを張ってありますので、必要ならばそちらを先にご覧下さい。

 さて、話は冒頭の前記に戻ります。できればこの記事は、(他のレポは読まなくてもいいから)前記だけは読んでからお読みいただきたいです。とはいえ、全ては自由ですけれども。

 そういうわけで私は始めてナマでみる政治家の討論、しかも若手議員が選挙の最中に2時間というわりと贅沢な見せ物(すいません)に参加して、最中は大変に興奮もしたのですが、終わってからはブログのジャーナリズムについて、また自分がいかなるレポートを書くべきかについて、とても落ち込んだことも確かなのです。
 「何を書くべきか」「どう書くべきか」「ブログでしか書けないことってなんだろう」。
 ともあれ、そうやって悩んで得た答えの一つが、この一連の記事です。・・・いかがでしょうか?

 私は別に大して文章も上手くなければ、政治について専門的な知識があるわけではありません。それでも今回のレポートについては試行錯誤しながらも書いてみました。


  今回の試みが実を結ぶのは、またブログが政治の世界において発信源の一つとして意味あるものとなるのには、年単位の時間が必要であろうという感触もしました。

 一つには日本でのブログ文化自体がまだ固まっていないことがあります。ブームとはいえ参加している人間も限られているし、実際に使っている側の人間もブログの可能性すべてを引き出せているわけではない。コメント一つ、トラックバック一つにとっても、その有効利用というよりは未だ機能に振り回されている状態です。日本のブログ文化は成熟からはほど遠い。・・・しかしいつかは実を結ぶだろう。それもまた確かです。
 けれどもまた、どんなにブログの世界が成熟しようとも、既存のマス・メディアを脅かすような存在になるかというと、それは違うと思うのです。この両者のあり方を私はよく言って共存、少し意地悪な見方をすればブログ側が隙間産業的に既存の枠の中に入り込んでいくと見ています。そういうブログに、(マス)メディアとしてどんな価値があるのか?

 私は今回、同時にジャーナリズムのプロ/アマについても深く考えたのですが、結論としては自分はプロ(の文章)は目指さないということになりました。やっぱり新聞やテレビと同じではつまらないのです。少なくとも私はそう考えます(もちろん新聞やテレビにとってかわるものとして、ネットを模索する方向性もあるでしょうし、それもまた可能性の一つだと思います。・・・みんな好き勝手に自分が信じる方向へ突き進めばいいのです。正しく妥当であるものは実を結ぶでしょうし、そうでないものは自然淘汰されていくでしょう)。
 最初、自民党がブログ/メルマガ作者と党幹部との懇談会を開いた時に、私はブログ側の面白い(興味深い)記事に関して、またその可能性について「個人が個人に会いに行くのだという素朴な部分にあるような気がしてなりません」と書きました。その思いは、今でも変わっていません。ブログのジャーナリズムとはこの部分にあると思っています。

 今回のこの自分の記事は、マス・メディアには決して書けない/書かないものであるという自負があります。マスコミは(失礼ながら)たかだか政策討論会に、これだけのページ数は割かないでしょう。私は知識も判断力も足りていないかもしれませんが、少なくともあの場(討論会の場)においてもっとも真面目に政治家さんたちの話に聞き入った一人である自信はあります。・・・それは何故かというと、「趣味」だからです。
 これだけの量の文章を書くことも、趣味だからです。それが好きだから、やりたいからやっているのです。なんら見返りは求めていません。そういう点でも自分は決してプロ、もしくはプロ志向ではないのです。・・・じゃあ私の書いたものにまったく価値はないのかというと。どうでしょう? ここに何らかの可能性はありませんか?

 私は可能性があると思った。それに賭けたのです。・・・物事が始まる時期、発芽期よりもさらに前の種をまく時期においては、ちょっとしたことがその後の方向性に大きな影響を与える。ネットの世界でその例をいくつも見てきました。
 だから政治とブログの関わりというものの始まりに際して、私はその可能性を広げるべく、自分に出来る最大限のことはしようと思ったのです。それもやっぱり、趣味だからです。純然たる好奇心によるものです。しつこいようですが見返りは求めていませんし、はっきり言っていりません。私は別にちゃんとした本業があります。
 ・・・ゴメン、ちゃんとしてないかも(名刺すら持ってないしなッ)。でも今回の試みがなんら実を結ばなくても、別に少しも生活には困らないことは確かなんです。ただ気分的にはがっかりするかもしれないだけで。・・・そういうものです。ネットのアマチュアリズムとは。


  私が今回、ネットの片隅に書いてみたのは、「ブログは何ができるのか」という一つの事例です。反面教師にされてもいいですし、やっぱりネット/ブログには価値はないやという判断の基準にされても構いません。しかしともあれ、全ては模索から始まりますし、模索するためには何らかの具体的な「対象」があった方がいいと思ったのです。これはいわば叩き台です。ネット/ブログの可能性を模索するための。ですからいかように扱われても構いません。
 ただ、出来るだけ多くの方に考えていただくことを、私は望みます。ブログの可能性について、ネットの可能性について。それもできれば「良い」方向で。

 ・・・もちろん自分としても、今後も継続的にいろんなことをやってみようかと考えています。政治家さん側にも今は選挙でお忙しいと思いますし、私も同じく受験の修羅場に突入しますので、しばらくはお預けですが、終わってからアポイントメントを取ってみるつもりです。
 ネットの世界の大原則は「欲しいヤツが作れ」「やりたいヤツがやれ」です。自らアクセスしなければ何も始まりません。一方で、アクセスすることによって無限の可能性も広がる、それがネットの世界です。

 では私は何を求めているかというと、簡単に言えばこの試みが今後も続くことです。その一点です。あとまあ、できればそれが社会的豊かさに結びついていくこと、かな。二点ですね。


  どうでしょう、ブログ側の皆さん。政治って面白いものだと思いませんか。やっぱりナマで見る討論というのは違いますよ。それに少なくとも、ブログを書くいいネタにはなります。映画を観た時と同じように、旅行に出かけた時と同じように。「面白かった」「つまらなかった」「○○さんは××だと思った」、そんなことでもいいのです。
 また政治側のみなさん。私は政治家はもっと国民に興味を持って欲しいと、国民側の政治意識の成熟も期待しているものだと思っています。少なくともあの討論会に参加されていた政治家さんにとって、これだけのアホウなまでの熱意で討論を聞いていた人間がいるということは、なんらかの意味を持たないでしょうか。それは決してマス・メディアのクールさ、もっといえば「シラケ」にはないものです。

 私はこの試みが今後も続くためには、何よりもまずブログ側の積極的なコミットメント(参加)が必要だと思っていますが、同じ事を政治側にも求めたいです。「国民は馬鹿だ」と絶望しているだけでは何も変わりません。国民の政治意識について向上を望むなら、政治側も何らかのアプローチをしなくてはならないと考えます。
 ブログ作者というのはその点で、なかなかいい対象だと思います。少なくともブログ作者は体験したことを記事にする段階で一度考えます。「いい記事を書きたい」「多くの人に読んでもらえる記事を書きたい」。それは熱意につながります。またブログ作者というのは、マス・メディアに比べればはるかに微々たるものですが、少なくともある範囲において一定の影響力を持ちます。


 メディア学、コミュニケーション学には「オピニオン・リーダー」という考え方があります。マス・メディアからの情報発信は直接末端の視聴者に届くのではなく、より情報に積極的にアクセスし周りに対してもガイド的役割を演じるオピニオン・リーダーという存在を通過するという考え方(仮説)です。まー、例えば井戸端会議で中心的役割を果たす情報通のおばちゃんだとかです。
 「ニュースステーション」の久米宏さんも、どちらかというとこのオピニオン・リーダー的性質を持っていた人だと思います。まああの人はそれでもマス・メディア側の人間であり、そのあたりに根本的詐欺性があったのであり、それがひいてはあの人自身も消耗させ破滅に追い込んだと、私は勝手に見ておりますが・・・。
 ともあれ、これまでは「発信者→マスメディア→オピニオン・リーダー→一般視聴者」という流れがあった、という見方もあるのです。

 この概念はわりと古い(戦前からある)ものですが、私はブロガーは現代のオピニオンリーダーとなりうる存在であると思っています。この場合情報の流れは「発信者(政治家)→オピニオンリーダー(ブロガー)→一般視聴者」という形を取ります。マス・メディアを通さないだけ、「近い」のです。
 実際の所、懇談会の席上などでブロガーが政治家に投げかけた質問というものは、さして目新しいものではなかったかと思いますが、読む側にとってはマスコミとまったく同じ内容であってもより身近に感じられたことと思います。そして少なくともある程度の人々は、我が事のように熱心に読んだことは確かだと思います。

 また、オピニオン・リーダーというのは誰でもなれます。少なくともネットの世界において。必要なのはやる気や熱意やセンスといったもので、そのうちどれか一つでも持っていれば、誰でもオピニオン・リーダーになれる可能性があります。
 ただどれくらいの人に対して情報発信できるかは、その人次第です。・・・オピニオン・リーダーというのは非常に民主的な存在であり、当然のごとく常に選抜・選別の目にさらされる存在でもあるのです。たぶん入れ替わりは激しいでしょう。しかしそこにこそ、可能性があります。


  どうでしょう、面白い存在だとは思いませんか。マス・メディアを通すことなく国民に直接メッセージを届けようとしても、国民の数はあまりに膨大で広大で、しかもリテラシーがない。けれどもそれでも国民に直接アクセスしたい、そう考えるのならば、「オピニオン・リーダー」という考え方を積極的に用いてみては。ひいてはブロガーを積極的に活用してみては。
 オピニオン・リーダー(ブロガー)はまぎれもなく国民の一人です。けれどもより情報に対して積極的であり、知的好奇心も強い(可能性が高い)。国民の側からまったく民主的に選抜された、ちょっとした代表者です。国民の側も選んでいるのです。だから政治家側もおそれずに、ブロガーを選別して欲しいと思います。

 えーと他に書いておくことは・・・あんまりないかな。
 討論会が終わった後、私はしばらくベンチで黄昏れてみたあと、花岡さんに連絡をとらせていただきまして、お話しいただきました。そのことも前記で書きましたけど・・・。
 あのような方にお会いできたことも、ネットの凄さです。いやフツー私みたいな(名刺も持っていない)ものが、あんな方に会って話を聞いていただくなんてありえませんよッ。・・・名刺の件はいい加減忘れて欲しいな。

 その後は東京駅に向かって、お土産屋さんで「ごまたまご」を買い(家人の指令)、一番早く出発する新幹線の席を取って乗り込み、ぐーすか寝て帰りました。家への最寄り駅まで帰り着いた時には、さすがにほっとしましたが、まだ知的興奮から冷めずに「なんか意識飛んでるね」と家人に言われたくらいです。で、その勢いのままブログに前記を書きました。
 それからぽつぽつとレポートを上げていって・・・。いや、ここ数日はネタに困ることはなかったです。それだけでも私にとっては価値あることでした。ブロガーの興味なんてそんなものですよ。ネタになればなんでもいいんですよ(オイ)。


  またお声をかけていただいたら、行きます。これと変わらない熱心さでレポすることでしょう。USJの時の旅行記もこんなのだったし。私は詳細に記述しないと気が済まないタチなのです。そしてすべては、「ただの趣味」です。もうちょっと慣れたら、レポート内容も読みやすくこなれるとは思いますが(特に討論部分)。
 ただまー、できれば東京行きはしんどいので関西でもお願いしたいかなー。趣味ですから・・・。

 ああそうだ、もう一つ書いておくべきことがありました。ブログ界には私なんかよりはるかに文章が上手くて、専門知識もあって、人を惹き付ける力のある人がいっぱいいます。私などより素晴らしい記事を書く人はいくらでもいるのです。
 もしもこれからもブログと政治との関わりが続いていくならば、きっと政治に関して今までになかった視点からのすごい記事がいくつも生まれていくことでしょう。そして人と政治の関わりも変わっていきます。少しずつかもしれません、でも着実に変わっていきます。私はそれだけは確信しています。そしてその可能性が実現することを、夢見ます。このことを、今回のレポートの終わりに付記しておきたいと思います。

 いかがでしょうか。ブログには可能性があるのです。


 「各党討論会」感想シリーズ
  明日の「各党政策討論会」:えーと、行ってきます
  帰還しました:「各党討論会」感想・前記
  勢いだけで東京に行く:「各党討論会」感想・会場に着くまで
  ・大政党の洗練度と小政党の悲哀:「各党討論会」感想・各党の主張
  ・ヤジと個性と衆参と:「各党討論会」感想・各党議員さんの印象
  ・ザ・直接対決:「各党討論会」感想・自民vs民主の討論
  ・交差する思惑:「各党討論会」感想・自民民主以外の討論
  種をまく―ブログの可能性について:「各党討論会」感想・後記


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