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「月読」:真実とは異常なもの [小説]

 タイトルは「つくよみ」と読みます。この本は、現代日本のパラレルワールドを舞台としたミステリです。この世界では、人は死ぬとき、しばしば「月導(つきしるべ)」と呼ばれる証を遺します。「月導」の形態は実に様々で、巨石やねじ曲がった標識といったものから、病室を染める色とりどりの絵の具、身も凍るような寒さといった形のないものまであります。そのどれもに共通するのは、「普通ではない」「尋常ではない」ということです。
 そして「月読」とは、その月導に触れて、死者が遺した最期の想いを聞くことが出来る異能力者たちのことです。
 ただし、そうやって聞いた想いは必ずしも遺された者たちの期待に添うようなものではありません。聞きたくない言葉もあれば、そんなこと?と拍子抜けしてしまうような、些細でつまらないものであることも珍しくないのです。さらにそれは、生前の故人の人徳や人柄とは何の関係もありません。現実の無情さ、ですから本物の月読たちは、自分たちの能力を誇ることなく、むしろ社会の影に隠れるようにして暮らしています。

 この作品はミステリなので、当然人が死にます。そして月導を遺します。月読も登場し、それら遺された月導を読んでいきます。
 だからといって、それがそのまま解決への手がかりを示すわけではありません。先述したように月導の遺すメッセージは、非常に断片的で曖昧で気まぐれで、ミスリードをおこす要素に満ちあふれています。

 それでも人は、月導を読みたいと願います。わずかな手がかりでもいいから欲しい、それはわずかな言葉でもいいから故人の遺志を知りたいという、まったく事件性のない場合でも、遺族が抱くであろう感情と重なります。
 月は高みにあって手の届かないもの。それでも人は、月に憧れ、月には何があるのだろうと思い、月に行きたいと願ったのです。
 この作品世界では、米ソが冷戦時代に月導の研究にあけくれたため、結果として宇宙開発が進まず、人類は未だ月に到達していません。このことは、とても示唆的です。

 本来ならば得られないはずのものに手を伸ばすとき、そこにはリスクがあるのです。宝石だと信じていたものが石ころかもしれない、尊敬していた人が実は犯罪者かもしれない、月を目指したロケットが暴発してしまうかもしれない。
 それでも人は手を伸ばします。そうして、真実の断片を、この世の真理の欠片をつかみとっていきます。……そのことが、例え幸福とは限らなくても。

 「真実は人を必ずしも幸福にしない」。それはミステリ小説全般に言える、1つのテーゼです。しかしミステリでは、最後には真実が、真犯人が明らかになるのです。

 真実を人に突きつける月導が、必ずどこか異常で、歪で、"この世ならざるもの"であることは、そのまま真実というものの非日常性、一歩踏み出さねば決して捕らえられぬものであることを示しているのかもしれません。
 ……それでも、この作品世界でも、人類はいつか月に到達するでしょう。

月読 (文春文庫)

月読 (文春文庫)




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