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「イノセント・ゲリラの祝祭」:本当に書きたいものを [小説]

 本当に書きたいものを書ける作家は幸せです。おそらく大多数はそうではないでしょうから。例えそれがアマチュアであってすら。
 このことは、真っ先に想像される外部からの圧力によるものだけとは限りません。真の敵は内側にあります。ミュージシャンを想像してもらえれば、もっと分かりやすいかもしれません。自分が歌いたい歌と売れる歌、どちらと書くか苦悩する姿は、よく漫画やドラマで描写されるものです。特に前作が自分でも思いもよらないくらいのヒットを飛ばした場合、このジレンマはより深刻なものとなるでしょう。
 この本の作者、海堂尊は「チーム・バチスタの栄光」で華々しいデビューを飾りました。同作品はドラマ化され、映画化もされ、さらに続編「ジェネラル・ルージュの凱旋」もまた映画化されました。とかく映像化が乱発される昨今、その作者の次なるシリーズ作品である今作も、映像化したい、そしてさらなるヒットを呼びたいとは、関係者誰もが考えることでしょう。

 しかし今作品は、まったく映像向きではないのです。
 ストーリーは、お馴染みの主人公コンピ、田口公平医師が、厚生省の型破り官僚白鳥圭輔によって、霞ヶ関中枢へと送り込まれ、またしても「窓際でボンヤリ暮らしたい」という本人の希望とは裏腹に、大騒動を巻き起こしていくというものです。型にはまった官僚行政の上に鉄槌を振り下ろす……といっても、鉄槌に振り回されて、気がついたら相手の脳天を直撃していたといったほうが正しいかもしれません。さらに個性的で魅力的な登場人物達も脇を飾ります。
 これだけ読むと痛快な物語です。しかしこれらの活躍はすべて、長ったらしい名前の委員会上で、言論としてやり取りされていくのです。それは手術室でメスを振りかざし、人の命を救ったり、あるいは逆に原因不明の死に直面したり、救急医療現場で鮮やかに現場を指揮することとは、大きな違いがあります。ただし、映像化するという前提に立つならばですけれど。

 一方で、作者であり、現役の医師でもある海堂尊にとっては同じ事なのです。これらのエンタテイメント作品は一貫して、エンタテイメントの皮をかぶった。現在の医療現場に対する問題提起なのです。特にAi(オートプシー・イメージング)と呼ばれる、死亡時画像診断、例えば遺体をCTスキャンにかけることによって、解剖に比べ遺体を損傷することなく、短時間かつローコストで正確な死因を知ることが出来るシステムを作り上げるための。
 処女作「チーム・バチスタの栄光」からずっと、作者がライフワークとして主張してきたその医療現場改革への主張の、1つの頂点がこの「イノセント・ゲリラの祝祭」です。だからこそ、この作品の登場人物達は激しい議論を戦わせ、大いに語り合います。語らなければならなかったのです。

 すでにベストセラー作家としての地位を確立していること、本業は別にあることを換算しても、作者の意志の固さには尊敬の念を抱きます。なぜなら、ヒット作を自己模倣する背景には、読者(客)を楽しませたい、彼らの期待を裏切りたくないという、営利を越えたなによりの欲求があるからです。
 そして、おそらく作者はこの壁すら乗り越えているのでしょう。楽しませる自信があるのでしょう。この作品、「イノセント・ゲリラの祝祭」には、決して読者を置き去りにした、独りよがりな熱弁があるわけではありません。――「何かを主張したい」作家は、しばしばこの罠に陥ってしまうものですけれど。
 議論の連続、それを飽きずに読ませるために、先述したような豊かすぎる個性を持ったキャラクターを配し、人が死ぬわけではありませんが、最後まで先が読めないミステリ要素も配しています。

 本当に書きたいものを書ける作家は幸せです。それは強い意志と、本物の実力によってのみ、可能なのです。

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2010/01/08
  • メディア: 文庫



イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2010/01/08
  • メディア: 文庫



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